2018年3月30日金曜日

スピーチ@ロータリークラブ

大垣センチュリーRCで、今週月曜にスピーチさせていただいた内容を、ロータリークラブ会報用にテキスト化しました。タイトルは2014年末の当ブログ記事と同じ、「願いは、どうでもよくなったときに叶う。」


人によると思いますが私の場合はこれ、いまやモットーみたいなもので。おととし画廊デビューし、絵描きになったのも積極的な願いというより、やむにやまれずの部分も多く。以前たまたま賞をもらったときも棚ぼたで、まったくそんなつもりありませんでした。逆に、そんなつもりのときにドンピシャ上手くいった試しも、もちろん、ありませんし。

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こちらの都合で地球は回っていないから、と学生なんかと話していてよく言うことありますが本当に。年表でいうと最初の「NPO雇われ事務局長」時代、それこそ熊谷守一や守屋多々志など地元出身の著名画家の作品をいろいろ商品化すべく企画書を書いたり、助成金をとってきたり。

しかし著名画家の作品は当時、若造がいくら力んだところで、そうそう自由になるものでなく結局、ならばという反骨心もあって自分の絵でやる、と。年表でいうと次の「コンテンツ・クリエイター」時代。2006年に超低解像度絵画モザイコなるシリーズを始め、いろいろ商品化。もちろん簡単ではなかったですが、NPO時代と同様、現場で経験的に学ぶことも数多く。おかげさまで自分の料簡も変わってまいりました。著名画家のことが上手くいっていれば逆に、やっていなかったと思いますモザイコ。

で、一時期、全国や大垣市でもよく言われていた「ブランド」構築。モザイコも某ブランドTシャツをはじめ少しずつアート商品になってはいたものの、いかんせんマイナー。綱渡りの連続。有名であるというのは、いわば毎日、展示会に出しているようなものなのだと気づいたのが2014年末でしたか。以来、ブランドのこと本気で考えようと。

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人を出し抜いて有名になる、なんていうのの逆です私、性格的には本来。アーティストと呼ばれるのも恥ずかしいです、むしろ。でも商売のためなら、やれる。年表の三つめ「絵描き/アーティスト」時代。先ほど「自分の料簡も変わってまいりました」と言いました。詳細は端折りますが、このままじゃ何かヘンだ、よくない、という自分と同じような誰かのための商売。そんな世の中を動かすためのヒト、モノ、カネの必要性。

まぁ、そう力んでいるうちは知れてるんですが、ヒトもモノもカネも。とにかく、おかげさまで超低解像度絵画の制作方法についての特許を昨年取得。今年は米国でも申請していく予定ですが、当初、考えてもみませんでした特許なんて。やっていると何であれ進化するもので。これ自分の意志というより半分以上は成り行き。

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タイトルに戻りまして。そりゃ若い頃、自分の作品で食べていけたらと思うような時期、なかったとは言いません。でも、そんなのムリと思っての工学部(美大でなく)進学でしたし、繰り返しますが地球はこちらの都合で回っていない。逆に、必死にやっていると物事いつのまにか進化したり、こちらの料簡が変わってエゴイスティックな野心や不満がだんだん、どうでもよくなってくる。そうすると楽でありまして、けっこう。自然に残るものが残る。

することがない(と思える)ときは掃除をしろ、と言われる社長さんも多いんじゃないでしょうか。あーサッパリした、と一息ついたところで名案を思いつくとか、本当に何が、何の原因になるか意外と一筋縄ではいかない気がします。その全体をざっくり「運命」と言うのか? 運命に導かれているのか翻弄されているのか私の場合わかりませんが、まだまだ道なき道、おかげさまで続きます。どこかで見かけたらまた、よろしくお願いいたします。

ご清聴ありがとうございました。





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