2018年2月19日月曜日

2007年の山下洋輔さんインタビュー

このインタビューは岐阜県の織部賞「県民エディター」という枠組みのなかで行われました。著作権(著作権法第27条および第28条に規定する権利を含む)は岐阜県に帰属します。当ウェブサイトへの掲載を認めていただいた岐阜県に感謝いたします。(清水麗軌)


山下洋輔さん(第五回 織部賞 受賞者/ジャズピアニスト)インタビュー
日時:2007年09月08日(土)13:00-13:40
場所:かつしかシンフォニーヒルズ


《清水麗軌(以下SY)》 こんにちは。よろしくお願いします。
《山下洋輔(以下YY)》 どうも。

  • 《SY》 山下さんの『風雲ジャズ帖』を読んで、いくつかメモしてきたんですけれども。岐阜では、ピアノを壊されたことありますか(ちょっと唐突か)。
  • 《YY》 ヒジ打ちならありますが、岐阜では壊してませんね。それよりも岐阜は、鼓童と初セッションをやり、1986年には大阪フィルと『ラプソディ・イン・ブルー』を初演した場所でもあるので、おもいで深いです。
  • 《SY》 どうせこれっきりの機会だろうと確信犯的メチャクチャをやったら、これがきっかけとなってその後、国内外で何度も弾くことになった……と、第五回の織部賞パンフレットにもあったアレですね。
  • 《YY》 指揮者の石丸寛さんが病気になっちゃってね、代役に松尾葉子さんが立たれて。驚いてました。そういえば、岐阜でいえば「ゴースト」だとか、当時は全国各地にジャズ喫茶があって打ち上げなんかで行きましたよ、我々ミュージシャンも。
  • 《SY》 ハードコアな音楽ファンが全国にいて、とりあえずジャズ喫茶という溜まり場をノード(結節点)にしながら、濃いめの情報や人の交流がなされていた時代? そういえば『風雲ジャズ帖』にも、「オレが世界を理解しているゾという、誇大妄想的な自信というものがジャズマンにはある。いや、あった筈なんで、その演奏を我々はシビレてきく、そういうようなものだった気がする(中略)。それがいまは、パーラーのバックグラウンド・ミュージックになってて」云々、ありましたね。山下さんの、ピアノの練習についてもお訊きしたいんですけど。
  • 《YY》 練習ね。正月にいつも大きなコンサートをやるので、ここ数年は12月からキャンプに入ります。アルコールも抜きで。
  • 《SY》 音楽家というか、野球選手みたいですね。
  • 《YY》 スポーツみたいな部分はありますよ。メチャクチャやる快感というか、その場かぎりの一回性に賭けて、思いっきりやるという。そのために、トレーニングが要る。

  • 《SY》 一回性。そういえば私も、高校まで岐阜県内にいたんですが、たまたま入った千葉大学のサウンドクリエイト研究会というところで「耳から回虫」というバンド見まして、目からウロコ。ノイズ系でうるさくてメチャクチャで、おっかなかったんですけれども心を揺すられる部分ありまして、「こんなのアリなんや」と。高校時代までの、いわゆる勉強だとか練習だとかとは、まったく違ったところにあるような何か。私、それだけでも本当に、大学というところに入って、良かったと思いましたもの。山下トリオの「キアズマ」聴くときも毎回あの壮絶な、異様なテンションに興奮しますよね。
  • 《YY》 10%の決め事と90%のメチャクチャという……。クラシックの世界にもじつは、あれ聴いて育った人たちが増えてきていてね。
  • 《SY》 隠れ「キアズマ」ファンが多い。
  • 《YY》 N饗の主席オーボエ奏者の茂木大輔さんだとか。
  • 《SY》 クラシックの世界も私まったく縁遠かったんですが、これも以前たまたまバーンスタインだかカラヤンだかが振った第九のCDを聴かせてもらって、目からウロコ。パンク・ロックより凄いかも、と。指揮者がジャンプしてる姿、目に浮かびましたもの。
  • 《YY》 一皮むけばバーンスタインだって……。ある席で、ジャズ・ベースに抱きついちゃったなんていう逸話もある人だし。音楽だからね、やはり。キてるものはキてる。そういえば古田織部もなかなか奇人だったみたいですね。
  • 《SY》 キ人。ガイキチ、ですか。
  • 《YY》 ガイキチでもあり、ガイキチでもなし。どうなんだろう。ぼくもこれで若い頃、ジャズマンらしく見えないって、よく言われました。黒縁メガネかけてて。フツーに見える。

  • 《SY》 いまもこうしてお話ししていると、ピアノに飛び蹴りさえしかねない(?)暴れん坊ミュージシャンというよりは、たたずまい、どことなく大学の先生みたいな。あ、先生もされてますけど実際。
  • 《YY》 一日中、ガイキチの人はいないでしょう。おそらくプロのなかには。スイッチが、入るときにメチャクチャやるのであって。そういう意味では、スイッチを入れられる(つまり、思いっきりメチャクチャやれる)“場所” と “ツール” があることは自分にとって、しあわせだね。
  • 《SY》 山下さんにとっては、その “場所” が音楽で、その  “ツール” がピアノだと。なるほど。いいですね、場所とツール。想像が拡がる。グラフィック・デザイナーがB1用紙とマッキントッシュでもって “メチャクチャやる” とか、経営者がマーケットと会社でもって “メチャクチャやる” とか?!
  • 《YY》 メチャクチャといっても、ほら『風雲ジャズ帖』にも昔、書いたように……
  • 《SY》 我々という存在そのものが秩序立ったものなのであって、それが、これまた秩序の権化である「楽器」を演奏し、さらに「音」によって合図をとりかわしている、という状態はどう考えても「無秩序」つまり「デタラメ」とは正反対のように思えます。というくだりですね。認識が一段、深い。
  • 《YY》 じゃなくちゃトレーニングも意味がない。おそらくプロじゃない。

  • 《SY》 なんだか織部賞っぽくなってきたなぁ!
  • 《YY》 そういえば、きみもアレコレ何か、作ってるそうじゃない?
  • 《SY》 あら。ええ、まぁ。一応しっかり、持ってきたんですけど「モザイコ」という……。超低解像度絵画って言ってますけど。これですね、近くで見ると何だか分からない、離して見ると何だか分かるという……。目の悪い人だとか、頭のボーっとした人のほうが、よく見えるという……いやシャレ半分、どうぞお気になさらないで。これ、見えます?(写真撮影をお願いした小林義郎さん、モザイコ持って廊下の向こうのほうへ遠ざかる)
  • 《YY》 ああ、そのくらい離すとリアルだね、ずいぶん。不思議だねぇ、人間の知覚って。
  • 《SY》 私、ちまちま細かいところに頭が(コンピュータって数値で全部いちいち制御できちゃいますから)どうしても、いってしまう。それが本当にイヤなんです。嫌いなんです、自分のそういう、ちまちましたところ。でも、やってしまう。どうしようもない。だから、粗くしました。いっそのこと、もうこれ以上は粗くできないってところでもって、やる。変な言い方ですけれども「細かい、粗(あら)仕事」。これ単純に見えて――たかだか20x20の計400マスを6色以下で埋めていく作業ですから――しかし、ひとつ出来上がるまで、ものすごい時間かかります。ああでもない、こうでもないと延々やる。もうこれ以上は無理ってところで、とりあえず完成。
  • 《YY》 そうでしょう。不思議だねぇ、人間の知覚って。
  • 《SY》 それ、差し上げます。あんまりインタビュアーが自分のこと話してちゃ県の人に怒られますから、山下さんのほうに戻しまして、と。失礼しました。これもぜひお訊きしたかったんですが、コンピュータのこと、どう思われます? いまの時代、やはりコンピュータ技術でもって世の中どんどん変わっているような気がするんですが。
  • 《YY》 ぼくはコンピュータ的なものに触れたの、じつは早かったんですよ。1960年代の徳丸吉彦先生の情報理論美学だとか、マーコフ過程なんていうのも当時かじったし。とても興味ありました。
  • 《SY》 演奏では肉体派な印象ですけど、やはり、さすがインテリ……(と私、文化人類学者の山口昌男さんが麻布高校におられた当時、黒板にマンガ書きながら山下洋輔さんらを教えたというクラクラするような逸話を思い出しながら)。
  • 《YY》 道具としては、情報通信分野もさることながら、原稿用紙からワープロになったとき「ラッキー」と思いましたね。ぼくは文章も書きますから。ペンで原稿用紙にカリカリ書いてたときは、指にも負担がかかってピアノ演奏に支障が出る。ワープロは叩くだけですから、身体的にラク。で、最初のワープロ原稿はたしか、かんべむさしさんの本のあとがきでした。自由にワープロ叩いて……


  • 《SY》 弾いちゃったワケですね、ワープロ。そこでも、思いっきり。
  • 《YY》 そういう言い方もできるかな。カリカリ書くのと叩くのとでは物理的にやはり、感覚が違う。それから、あるとき筒井康隆ふうに一人称を「おれ」にしてみたら、走りだしちゃったということはある。やってるうちに、どんどん過激になってきてアレもコレもドレもソレも入り乱れてガイキチになって混沌の極致になって終わり、みたいな。
  • 《SY》 なんでアレがコレなのか、それオレなのかドレなのか、ミファソなのかラシドなのかエーイまだるっこしい、黒鍵もろとも一気にヒジ打ちガゴン、みたいな。すいません、つられてしまいました。
  • 《YY》 スウィングするためには相手と互角に殴り合えるだけの技術と力が要るぞ。とりあえず諸事、相手=人間あればこそ、そしてそこにコミュニケーション(誤解も含めて)あればこそ。世の中。入り乱れて突発的に、思いもしなかった何かが起こるくらいスウィングできるようにするために……(というところでジャムライスの村松さん登場「そろそろリハの時間です」)ああ、行かなくちゃ。いいかな、このへんで。
  • 《SY》 ええ、どうもありがとうございました! トレーニングいたします。


というところでインタビュー終了。そのあと、17時からの林英哲さんとのDUOコンサートでは、各自ソロのあとの第二部いきなり一曲目からお二人とも全力疾走。最後の「大団円」とアンコールまでに私も何度か、声を上げて立ち上がって拍手して。素晴らしくシャープで怒涛のようなパフォーマンス。まさに大人の、まさにアーティスト。ひさしぶりの “超高性能” に、シビレました。

(文責:清水麗軌)



以上、NPO法人 デジタル・アーカイブ・アライアンス(DAJA)当時のウェブサイトより再録。ちらっと会っただけの著名人の名前を出して「むかし何々さんがさあ……」なんていう奴、私、嫌いなんですが、いま必要に迫られて。参照用に。

そういえばこの織部賞インタビューでも当時たしか、山下洋輔さんや鈴木清順さん(の両者で私、迷ったんですが)への希望者がいなくて「ヒーローじゃなかったのかよ、みんなの。マジかよ」と思った記憶あり。

確信犯的メチャクチャが本当に、必要な気がする。


0 件のコメント:

コメントを投稿