2017年5月25日木曜日

TIKI POP

The Rise and Fall of Ziggy Stardust ... は David Bowie ですが、いかにして「TiKi」はアメリカの夢となり、そして廃れていったか。2014年にフランス Musee du BRANLY であった展覧会の図録になるのかこの本『TIKI POP』を、読み終えたのは去年のたしか 6月だったかと思いますが、前回の「M*A*S*H」記事などもあり、やっとこさ思い立ってブログ化。

Armchair Traveling(リヴィングに座ったままでの世界旅行)だとか Air-Conditioned Eden(空調されたエデン)だとか、事象をなかば、みずから揶揄しながらも楽しむこの感覚、ユーモア。やっぱりそれが基本だと思う。1950〜60年代のアメリカで流行した大衆文化「Tiki」、Polynesian Pop とも呼ばれる南洋趣味について、何はともあれ、ノートにあった抜き書きを中心に。


戦 争

Hardy farm boys and studied city men alike dealt with the hardships of war the American way, lightning their load with humor and imagination. If there were no dusky maidens waiting for them, one could still dream about them.(p.128) 
駆り出された無骨な農民たちも都会のインテリたちも同じように、戦争の大変さに “アメリカ式に” 対処した。つまり重荷をユーモアと想像力によって減らすこと。南洋の戦地に、褐色の美女は待っていてくれなかったとしても、それを夢見ることはできた。
右ページの下で死んでいるのは日本兵


アート

In the early 1900s, the modern avant-garde had discovered original tribal-art pieces as a revelation that helped them to deconstruct figurative art.(p.224) 
1900年代の初期に近代アヴァンギャルド(ピカソなどの芸術家たち)は、独自な部族的アートを、それまでの造形芸術をディコンストラクトする啓示として、発見していた。
In the mid-1950s(p.179)/ At the time of Tiki's arrival, a number of archetypes of South Sea escapism had been successfully established in the Western world's mind.(p.180) 
1950年代中盤、Tiki が到来したとき、南洋でのヴァカンス趣味など多くの原型はすでに西側世界に出来上がっていた。
Young sculptors fresh from art school felt free to realize their individual interpretations of "primitive art." (p.184)/ Far removed from the source of inspiration, the island, their creativity was free to develop. A new art form was taking place.(p.182) 
アートスクールを出たばかりの若い彫刻家たちは自由に、かれらの「原始美術」解釈をかたちにした。インスピレーションの源となった島々から遠く離れて、かれらの創造は進展した。新しいアート形態が出現しつつあった。

それ、ちょっと安直すぎないか? 補足すると要するに、商売になったということ。南洋趣味のバーやレストランがあちこちに建てられ、それ用に調度品や食器やメニュ、アトラクションなど多くの需要が発生して。まさに流行、大衆文化、ムーヴメント。それはそれで幸せなことではあるけれど、「Tiki Pop came and went virtually ignored by the art world.(p.185)Tiki Pop が来て、そして去る、実質アート業界からは無視されたまま。」

While precise, slick mid-century modern style was the mode of the period, a few artists tried their hand at the other end of the spectrum, going back to the rough, naive beginnings of art.(p.186) 
高級な、すべすべした「ミッド・センチュリー」モダン様式がその時代のモードだった一方で、ごく少数のアーティストたちは逆方向へと手を染めていた、すなわち、アートの始まりの頃の粗っぽさ、ナイーヴさへと。

ハワイ

Hawaii was a peaceful melting pot of several races, and, such as, was held up as an example of the "Family of Man" concept.(p.215)/ It was the United Nation of Polynesia!(p.217) 
ハワイはいくつかの人種の平和な “るつぼ” だとか、そういったものが「人類みな家族」コンセプトの例として祭り上げられた。それはさながら、ポリネシア連合国だった!

一昨年の当ブログから補足がてらコピペすると……「戦後のアメリカでは中産階級新たに就航したハワイ空路は、アメリカ中が『トロピカルな』ものごとに興味をもつことに拍車をかけた。(中略)1959年にハワイが合衆国50番目の州となったことは、さらにトロピカルな生活様式の人気をもたらし、アメリカ人たちはロマンティックな異国文化と恋に落ちた」そうで。



衰 退

This shunning of preconceived notions of "good taste" appealed to self-made pop-culture style-makers like Elvis Presley and Hugh Hefner.(p.324) 
ありふれた「趣味のよさ」を避けられるこの方法は、エルヴィス・プレスリーや「PLAYBOY」発刊者のヒュー・ヘフナーのような自前のポップ・カルチャー様式の作り手たちにアピールした。

しかし、時はたち、誰もが年をとり、昨日のカッコイイの多くは(それが流行れば流行るほど)今日のダサイに変化する。もう 4年前になるのかこれも当ブログからコピペすると、例えば、「ヒップは流動的で実体をもたず、スクエアが把握するのと同じスピードですばやく変化する。身振りを考案した観念ではなく身振りだけを追い求めると、手にするのは空気だけである」そうで。

While there were still many who frequented in Polynesian restaurants and participated in backyard luaus, they were mostly people who were labeled as "the establishment" : middle aged, well-off, conservative whites, out of touch with America's changing ideals.(p.345) 
まだまだポリネシアン・レストランによく行ったり、裏庭でのルアウ・パーティに参加する人たちは多かったものの、かれらは「エスタブリッシュメント」つまり中年の、裕福な、保守的な白人たちで、アメリカの移り変わる理想とは無縁の人たち、とされた。 


以上、ワープロ打ち、おしまい。The Rise and Fall of ... Tiki、というかポップ・カルチャー何であれそうだと思うけど。流行って廃って、経済と文化と社会、そんなワケでいろいろ教師と反面教師と。大きくて重たい本ながらご覧のとおり絵や写真がいっぱいで、楽しかったです。


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