2017年3月30日木曜日

さだまさし「長江」と80s中国

さだまさし監督・出演の映画「長江」を見ました。そう、この中国!(劇場公開は1981年だそうで)いつ頃からだろう自分も、この中国に憧れつづけて。映画=アートというよりもドキュメンタリーとして、当時の中国がこうして映像で残っていてくれて、本当にありがたいかぎり。

途中のエピソードで例えば、拾った子犬に付けた名前が「没関係(メイグァンシ)」……大丈夫、気にするな、たいしたことじゃない、心配ありません、だとか最近私もよく言う「いいじゃんべつに」(注)も含めていいのか、とにかく、そんな名前。映画の中でも「この言葉に何度、助けられたことか」と本人。そんな中国。

この映画で結局かかえることになった、金利を含め35億円という莫大な借金をさだまさし58歳のときに返し終えたという話もすごいですが、いわゆる河川イメージを遥かに超える長江/揚子江そのものの大きさといい、中国の長大な歴史にもとづく、まゆつばも含めたその文物や遺産の時間的・空間的スケール、あるいは、都市部や市場での人、人、人だとか。あらためて、まー粗っぽいというか、生き物らしい(?)というか。

ここで一生を送りたいかって言われると微妙だけど、なぜか憧れの、この中国。本当はさだまさしでなしに、JAPAN や「流行通信」経由の(昨年 8月のブログ参照)いずれにせよイメージ先行の、ミーハー東洋趣味=Armchair Traveling。でもね、たまらないんだな本当に、この人々の(↓)様子。

映画「長江」より

映画と関係ないですが最近、昼メシ食べたあと拾い読みしている本にたまたま(↓)ありました。私たちの笑う頻度は、なんと50年前のわずか三分の一だそうで、云々。へー。たしかに、まぁ、そのほうがクールなんだろうけど。逆に(↑)上の画像の、右上のやつなんかは笑ってますな、みんな。いいなぁ。道端で勉強してる子供たちもカワイイ。

Apparently, we only laugh a third as often as we did 50 years ago, and we make love more infrequently and enjoy it less, despite the sexual revolution which has removed the sense of guilt and unleashed a flood of sexual imagery in the media.
Do You Think You're Clever? p.70

中2のときギターを始めた理由ではあったものの、正直、大学以降はもう全然興味のなかった、さだまさし。ダサイと思ってました。大学卒業時の中国も、なので貧乏旅行のくせに気分だけは David Sylvian という(↓ どこがだよ)バカ。まぁ、どのみち大学生なのでバカなんですが。食事も豪華で、たのしかったです。とにかく、たまらない感じの1980s中国。



何がダサくて、何がカッコイイか、だんだん年くってきて世の中の見え方もおかげさまで変化し、昔とずいぶん、とらえ方も変わってきました。さだまさしの歌はまだ苦手なの多いけど、生き方やシャレ心は最近、カッコイイと思う。逆にデビシルの真面目さ、オイ大丈夫かよ、だとか。じつに庶民=私、勝手なもんで。

まいっか、べつに。年寄りの懐古趣味でないと思いたいですが、とにかく私、この頃の中国になぜか憧れます。たまらん。


【注】
ビクトリア時代の哲学者ジョン・ステュワート・ミルは書いている。「自分自身に、しあわせかどうか尋ねてみなさい。すると、あなたは、そうであることをやめる」(中略)
It might be true indeed that happiness won't come to those who look for it.

これも(↑)Do You Think You're Clever? から、p.71-71。「いいじゃんべつに」っていうのは、べつに投げやりでも何でもなく私、こういうつもりです。アンディ・ウォーホルも言ってましたな、「ぼくの好きな台詞--だからどうなの」(『ぼくの哲学』p.151)って。



0 件のコメント:

コメントを投稿