2017年2月21日火曜日

はなうたとローレンツ

いろんな事情や手が加わるまえの第一稿を、とりあえず自分の責任でこちらにアーカイブ。行政に働き掛けるという意識的な目的をもって書いたものではありますが、それ以上にやはり第一稿って最初の衝動というか、気分が色濃く出ていると思うだけに。書くことになったのも、それこそ諸々「話の流れ上」だし。Go! Go!


こどもはなうたコンテストについて

昭和技研(株)おもひでやの外部スタッフとして、当初から企画に携わっていて思うのは「人間の創造性って何だろう?」ということ。私自身もアーティストとして、構築的な “かたち” と、一回的な “流れ” のことが昔から気になっていました。

何かをていねいに積み重ね、構築していくことと、もう一方で、たまたま「その場のノリで」思いもしなかったようなアイデアや、ものごとが、ほとばしり出ること。前者は計画や成長といった概念とおそらく相性がよく、後者は逆にそれらとは、あまり馴染まない。何がいつ出てくるか予測がつかないだけに。

計画や成長ということと相性のわるい、たまたまその場の一回的なノリ、“流れ” の可能性は、したがって、これまで教育や生産の現場において、あまり取り上げられてきませんでした。扱いようがなかったとも言えますが。しかし、世の中が工業時代から情報時代へ進むにつれて、何かをきちんと標準的に作り上げることと同じくらい、あるいはそれ以上に、その場や人なりに「ユニー ク(唯一)な」何かが、だんだん求められるようになりました。人をふわっと “その気” にさせる、いわば生理的気分【注】のようなものの表現が、広告のみならず製品それ自体にも。

【注】
動物行動学の古典、K. ローレンツ『ソロモンの指輪』(ハヤカワ文庫)から少し引用すると(↓)
動物は音声を発したり表現運動をしたりするときに、それで仲間になにか影響を与えようという意識的な “目的” などはまったくもっていない(p134)/けれども、自分の生理的気分をしめすにすぎないこのまったく無目的 の表現は、おそろしく伝染性をもっている(p121)/無意識的な感情と情熱を伝える神秘的な発信・受信の器官は、長い歴史の産物である。それは人類とはくらべものにならないほど古い。人間ではこれらの器官が、明らかにことばによる言語の発達にともなって退化してしまった。(p135)

今また、あらためて、人間も「環境」の産物ということに他ならない、のだと思います。こどもは特に、大人よりもまだ自然に近い存在なだけに、この動物的感覚というのか、生理的気分のようなものが、押し殺されることなく、表現につながりやすい。

であればこそ今、こどもたちの「はなうた」に、私たち大人が耳を傾けてみる理由が十分にあると思われます。カワイイ以上の何かをそこから、逆に私たち大人が、学ぶために。あるいは、こどもたちの「はなうた」が伝染させる気分と一緒に、私たち大人も(例えば高齢者など)踊ってみるために。あるいは、そんな「はなうた」が出るような環境をこれから意識的に守り、育んでいくために。

従来の常識とおそらく、大きく異なる部分もあるので試行錯誤は続きますが、おかげさまで、こどもはなうたコンテスト、これまで(2012年のスタート以来)5回を重ねてきて多少の知見やノウハウの蓄積もできました。今後さらに地域の教育関係者など、さまざまな方々と意見交換しな がら岐阜発の、先進的でユニークな活動に育てていけたら光栄です。
よろしくお願いいたします。


昭和技研(株)おもひでや 外部スタッフ 清水温度


以上。基本的に「おもひでや」云々は受託仕事で私、いつも黒子なんですが、文の内容からいっても今回、第三者的な書き方では伝わらないと思い、しゃしゃり出てしまいました(↑ きのう書いた第一稿では)。失礼しました。何はともあれ 6年目の新展開に向け、Go! Go!

昨年の「うちのこのどじまん」CDは紙ジャケ

【リンク】
・こどもはなうたコンテスト・ホームページ http://omoide.main.jp/hanauta/
・K. ローレンツ『ソロモンの指輪』 http://mozaikolab.blogspot.jp/2014/05/blog-post.html


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