2017年1月11日水曜日

ピクサー 〜 早すぎた天才たちの大逆転劇

もうすぐ20年になるのか、1997年に勝手に「人生、終わった」と岐阜に Uターンしてきてから逆にむしろ、ソフトピアジャパンや DAJA(デジタル・アーカイブ・アライアンス)や IAMAS(国際情報芸術科学アカデミー:当時)にところどころ反感もちながらも大変お世話になり、おかげさまで現在がある。

年末年始に今年は、デイヴィッド・A・プライス『ピクサー 〜 早すぎた天才たちの大逆転劇』を読んでいて、そんな個人史、いろんな人の顔がしょっちゅう頭を横切りました。べつに過去形じゃないけどさ。天才でもないし。何はともあれ自分の考えや動き方もはっきりしてきた昨今、たくさんの反省を踏まえつつ!


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「1974年に発表した博士論文の三つの業績 −− Bスプライン、Zバッファ、テクスチャ・マッピング −− によって、たとえそれ以外の功績を何も残さなかったとしても、CG分野で不朽の名声を博していただろう」(p35)エド・キャットムル、そして2006年ついに「22年前に自分を解雇した(ディズニー)スタジオの救世主として歓迎された」(p417)ジョン・ラセターらによる、チーム「Pixer」のコレ、それこそ、ディズニー映画じゃないけど「ディズニーの失った魂を、新しい媒体の力を借りてよみがえらせた」(訳者あとがき p440 より)いわば冒険譚。経営的な内容にも興味津々なれど、この読書メモはとりあえず主にコンテンツの作り手サイドから。

そういえば IAMAS時代の2000年秋に 1ヶ月間、行かせてもらった USC(南カリフォルニア大学)の講義もとても印象深かったんですが、そこに来ていた先生が案内してくれた CalArts(カリフォルニア芸術大学 p83)の創設者がなんとウォルト・ディズニー。今回それを初めて知って、それこそいろんな人の顔を思い出しながら、ちょっと感慨深く。で、とにかく先を急ぐと、しかし長い間「ウォルト・ディズニー・カンパニーはCGに関心を示さなかった」(p56)と。なぜなら当時、

キャラクター・アニメーションではニュアンスのそのまた上にニュアンスが必要なことを、ディズニーのアニメーターは経験上知っているが、それはあまりにも微妙なため、コンピュータではとらえ切れないのだ(p103) / 鉛筆を取ってアクションを描いた方がどんなに簡単か(p104)

たしかに。一方でしかし、私もコレ高校時代にワクワクしながら観にいった特撮映画ですが『トロン』の、製作中のCG映像をディズニー構内のトレーラーハウスで見せられたときにラセター、

まるで雷に打たれたようにひらめいた。(中略)この技術をディズニーのアニメーションと融合できれば、革命を起こせる。(中略)「ウォルトが待っていたのは、まさにこれだぜ」(p92)

と。正直、いわゆるアニメに私ほとんど興味なかったんですが USCで見た、音楽に合わせて常に 4ビートで揺れているゴムまりのような昔のディズニー・アニメーションは楽しかった、ノれました。芸術だと思った。それを全部手作業で実現する職人的な作画能力はリスペクトしつつも、しかしさらに、本書にあるような p223「関節変数(AVARS)」や p225「メンヴ(Menv)」プログラム、p368「キャラクターの解剖学的構造」なんかを駆使して、自動計算できる部分はコンピュータに任せられたら(例えば物理シミュレーションまで含んだコマの補完)実際、どれだけ美しいかと私も思います。餅は餅屋。空間/立体(3D)を平面(2D)にできるだけ正確に投影するのが即ち「デッサン」なのであってみれば。


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で、絵画とデッサンが違うように、人間の創造性が本当に生きる部分と、コンピュータの計算能力が本当に生きる部分は違う。ところが人間、趣味が高じすぎてオタク化すると、あるいは「仕事」や「立場」やナントカ「政治」など組織事情(?)が先走ると、つい本末転倒してしまう。例えば、ピクサーが1975年の NYIT(ニューヨーク工科大学)CG研究所時代、自分たちが発表した映画『ダビー』を、

キャットルムたちは、痛ましくて見ていられなかった。(中略)コンピュータ野郎たちにとって、これは啓示の瞬間だった。(中略) 技術の才能を集めても(『ダビー』には重大な技術的問題もあったが)、とびっきりの機材がそろっていても、それだけではだめなのだ。(中略)シュアーは(清水注:NYIT 創設者で『ダビー』の監督でもあった億万長者)すばらしい先見の明に恵まれていたが、彼らのウォルト・ディズニーにはなれなかった。(p55)

と、餅は餅屋。これは(↑)技術に対してストーリーや演出など、いわゆる人文的な知恵が軽視された結果かと思いますが、逆に技術分野でも、繊細さや思想を欠く “力技” では結局(↓)どうしても、たかが知れている? いや、こんなふうに後から言うのは簡単なんだけどさ。

ホイットニーとデモスのチーム(清水注:当時キャットムルたちの主なライバル)は、小難しいアンチエイリアシングのアルゴリズムではなく、解像度を高めることによって問題を解決すべきだと考えた。(中略)結果的に、解像度を高めてもジャギーは気に障った。(p77)

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「ウォルト・ディズニー・カンパニーの心臓であるだけでなく、血液であり循環系でもある」(p419)アニメーション、「こういった映画がもたらし得る価値は、莫大です。しかもわれわれの世代どころか、何世代にもわたって永続する価値なのですから」(p420)という、そんな代物のじつにCG分野における黎明期。もうひとつホイットニーとデモスのチームによる、1987年のシーグラフ発表映画『スタンリーとステラ』についても、

ピクサーの一団は、技術的には興味をそそられたが、(中略)ラセターは魚のステラには感情が欠如していると思った。ステラは確かに動いてはいたが、生きて感情をもっているという意味ではアニメーション化されていなかった。(p172)

要は、何をコンピュータに計算させ、何に人間はこだわるべきか、本末転倒せずに。どうしたら人はノルか? 1980年代のシーグラフでは「新興のコンピュータ・アーティストの集団が、技術の観客には複雑で不愉快なだけの前衛芸術映画で日程を締めくくることが多かった」(p80)とも。黎明期。キャットムルは「コンピュータ・アニメーションは、人々が日常生活に対する感覚をもとにもっている期待に沿わなくてはならないと固く信じていた」(p75)。「たとえば、ウッディ(清水注:映画『トイ・ストーリー』シリーズの主人公)があるシーンで嫌みになりすぎている、といったことが、ジョン(ラセター)にはわかる」(p300)。

「CGは何もかもを変えてしまうと、もちろん俺たちも考えていた」スミスは言う。(清水注:アルヴィ・レイ・スミス=「第一級の科学者だが機を見るに敏、要所要所で舵取りをしてきた」が、スティーヴ・ジョブスと決裂、退社後はピクサーの公式記録から抹消されてしまう……訳者あとがき p439 より)「だがそこに行きつくまでには、遠い道のりだった」(p141)

遠い道のりの先、の現在。CGは何もかもを変えてしまったのか? 過去形じゃないけどさ。コンピュータを使いながら「感情が欠如している」人、たしかに多い気がする(おいおい)。それがまぁ、クールさのスタイル(紋切り型)=ポーズであるうちはともかく、本質的に感情が欠如してしまった日にゃ、それ、おもしろいか? ……それこそディズニー映画にあるのかしらん、こんなお話も。



P. S.

誤解のないよう繰り返しますと私、いわゆるアニメやマンガよりも前衛芸術のほうが、ずっと好きな青春時代を送っていました。いまも基本的に前衛だとかノイズだとか好きですし、安直なヒューマニズムむしろ嫌い。そこで最後に、ジョン・ラセターに関するこんな(↓)引用を。

新しい媒体は身近な世界に根を下ろしていてこそ、観客に受け入れられる(中略)彼がこう考えるようになったのは、兄のジム・ラセターと交わした会話が大きい。(中略)「型破りな」布地を使って伝統的なスタイルの洋服をつくるか、伝統的な生地を使って型破りなものをつくるのがいいんだ(中略)「でもどっちもやろうとすると、つまりとんでもない布地をつかってとんでもないパターンをつくろうとすると、絶対に受け入れてもらえない」(p431)


真逆のパートナーが要るってことだな。

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