2016年3月24日木曜日

ロータリークラブでのスピーチ

3月18日(金)夜に大垣中ロータリークラブで、モザイコ/ULR Painting のことお話しさせていただきました。4月に美術画廊での初個展をひかえた時期でもあり、ありがたいかぎり。今回の内容です(↓)以下全文。



何がどうなるか人生、わからないもので。



お手元にお配りした「第22回 ぎふの画廊巡り」パンフレットの中に、熊谷守一や棟方志功と並んで自分の名前があることを、NPO事務局(DAJA)当時の私が見たら、何と言うでしょうか。きっと、「そっち側じゃないだろう、おまえがいるのは!」とでも。

2003年の春に、NPO法人デジタル・アーカイブ・アライアンス(DAJA)の事務局を任されました。当時の京都デジタルアーカイブ研究センター Sさんらによる「儲かるデジタルアーカイブ」構想(いわば脱公共事業化、つまり官を脱し、民として、みずからの足で歩む文化構想)に私も大いに啓発され、それこそ熊谷守一や、大垣でいえば守屋多々志に関するプロジェクトの企画書をつくり、いろいろなところへ持ち込んだりプレゼンしたり。各地の事例に学びつつ見よう見まねで、地域ミュージアム振興の旗をふりながら、走り回っていました。

得たものも多いですが、一方で苦い教訓としては、政治力のこと。自分だけでなく様々な関係者がおり、扱うものが特に有名作家/作品になればなるほど、一人では物事、いくら熱い思いがあったところでそう簡単には動かせない。逆に地域や業界のよかれ、あしかれ事情に精通した方々の「手練手管」とは言わないまでも、とても私などには太刀打ちできない政治力。遅まきながら世の中と、自分を少し知った気がした30代でした。




有名作家の絵柄では「儲かるデジタルアーカイブ」とても実践できないため、ならばと、みずから絵柄制作を始めたのが2006年、ちょうど40才になる年でした。超低解像度絵画「モザイコ」のスタート。絵柄を、どんな商品にして、どんな場所でPR/販売していくか。自腹で商品製作し、売り場を見つけていた当初から、だんだん少しずつメーカーやショップ主導で商品が出るようになり、ライセンスやロイヤルティについても詳しくなりました。自分自身が作家であり、営業でもあるので話が早い。そして人気ブランドのTシャツにも何年か、なってみて実感しました、場所を選べば高くても買ってもらえるのだと。

冒頭のSさん同様、私にもずっと、文化についての危機感と思い入れがありました。アーティストになりたいと自分から思ったことは正直ありませんが、感銘を受けて交流した何名かのアーティストやその関係者あればこそ、いまの自分があるような気はしています。そして、どんなアーティストや文化人であっても(結局なかなか、国の保護や教職を脱したところで)霞を食べては生きられない。

NPO時代、さかんに耳にした「サステナビリティ(持続可能性)」という言葉。つまり、文化も地域も会社も仕事もおそらく、緊張感をもって続いていくなかで耕され、深まり、独自のものになっていく。「モザイコ」も不思議なもので最初の商品、ぬりえ用のコンテンツから今年で10年、ずいぶん遠くまできた気がします。昨年はその発展型についての作り方を整理し、専門の方々にご相談しながら、特許出願。まだまだ、たいして儲からない中でお金のかかることばかりで大変ですが、これもまた未来に向けた持続可能性への実験といえば実験。




そして今年、一般向けの量産品(モザイコ・グッズ)でなく、とうとう一点モノのいわば高級品(絵画)販売。美術画廊での初個展。つくづく、何がどうなるか人生、わからないもので。アーティストという名称も、このためのものでありまして。今回はデザイナーや企画マンとしての仕事ではありません、という宣言です。商品というより、こんどは作家としての、みずからのブランド=信用づくりの第一歩。

もし運よく、「超低解像度絵画」事業がさらに続きましたら、いつかまたご報告させてください。とりあえずは来月、4月9日(土)から17日(日)岐阜市の田口美術にて、清水温度「ULR」展どうぞお気軽に、よかったらお運びください。
ご静聴ありがとうございました。




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