2016年1月25日月曜日

IAMASレクチャー

昨年「再生される肌理」展にお誘いいただいた IAMASのHDⅡプロジェクトから、講義のオファーをいただきまして先週(1月19日)お話ししてきました。

これまでプレゼンなどで15分とか、それくらいは聴衆に向かって話したことありましたけれども今回は、なんと 1時間半。いいのか、そんなに自分のこと話して?……と最初は嬉しく思ったものの、具体的に内容をどうしようか考えだしたら意外と大変で。

というのも、そんな長時間やったことないですから、どれくらいのネタ用意しといたらいいのか。そして全体をどう構成したものかと。で当日のほとんど 2時間前くらいだったと思います、ものが生まれてくる理由 〜 清水温度の場合というタイトルがやっと決まったの。

ものや商品、作品の、マルクス流にいえば「下部構造」のことが話せればと。なんつって。とにかく、いちマイナー作家の勝手なノロケなんかよりも、なんか、そのほうが生産的な気がして。

前田教授(右)からご紹介いただきまして、講義スタート

要するに、ずっこけ人生話。いろんな偶然が重なって、おかげで思わぬ勉強をしながら、ものごとの見え方がずいぶん変わってきて、現在に至ると。

ひとつ例を出しましょうか。2003年から2008年のNPO法人デジタル・アーカイブ・アライアンス(DAJA)事務局長時代。デジタル・アーカイブについて、それまでの公共事業的なものから「儲かる」ものへの転換を図った京都デジタルアーカイブ研究センター(当時)に大いに啓発され、見よう見まねで私も地元岐阜県出身の有名作家のコンテンツ・ビジネス提案書を書きまくったり、助成金とってきて実際にアーカイブ作成したり。

まったく自分の作品のことなど考えていませんでした、当時。いわゆる「自己表現」というようなものに昔も今もほとんど興味ありませんし。本当に素晴らしいものに関われるのならば、べつに自分自身で何かクリエイトしなくてもいいと。

ただ、動かないんだな、これがなかなか。事業になっていかない。有名作家だったり行政が絡んだりすると、私、政治的な立ち回りも苦手で結局もう、全然ダメ。良くも悪くも仕事が、つまりある程度の規模の仕事が、動くメカニズムについて勉強になりました。こりゃダメだわ(このメカニズムもオレも)と思い「じゃあ、みずから作家として、自分のコンテンツでやる」と決めての2006年、モザイコの始まり。そして一般的に川下にあるところのコンテンツ・ビジネスから逆に、徐々に川上へさかのぼるかたちで昨今のブランドづくり=アーティスト仕事へと。本当に何が、何のきっかけになるか分からないもので。

いや、何が何のきっかけになろうが、構わないと今では思います。川上も川下もあるかよ、とも思う。素晴らしいものが世の中に、生まれさえすりゃいい。もちろん、自分が作ろうが他人が作ろうが構わない。……そこらへん素直ですから私、本当に感動したら相手がどんな人でも、すぐ言います「素晴らしい!」と。逆に感動しないと、相手どんなに偉くても、へんな顔してると思いますが。

会場風景

そんな感じのお話をえっちらおっちら、させていただきました。前後にもっと、いろんな偶然や勉強、ずっこけ話あり。意外と 1時間半って短くて、もう少しネタ少なめにして話を掘り下げても良かったかな。

三年ちょい前のコレや、一昨年末のコレなんかも(前者は直接かつ発展的に、後者は間接的に)参照しながら。人間とにかく、変われば変わるもんで。自分にとっては夢や衝動とは違う、もう少し客観的で具体的な必要性あればこそアートにいま、なけなしの力を注いでいますというオチ。どんな商品であれ作品であれ、あるいは情報や、活動そのものでもいいですが、ものが生まれてくるには、それなりの理由/経緯があるのだということで。カモン、素晴らしいオギャー!

0 件のコメント:

コメントを投稿