2016年1月5日火曜日

かたちを視ること

昨年末からの課題、ちょっとアートっぽい話にもチャレンジ。……チャレンジって。とにかく。

モザイコ/ULR Painting を制作しているときも、裸婦を描いているときも、あるいは本を読んだり音楽を聴いているときなんかにも、ときどき感じる、ある奥義みたいなもの(?)の話をば。当たり前の人には、当たり前なんだろうけど。つまり、ぐーっと集中しているなかで、ようやくシンプルに力強く、視えてくる「かたち」というのがありまして。

ちびくろサンボの虎のかたち

……と、いま、「みえてくる」に視覚の「視」の字をつかったのは、それがきっと look ではなく、see だから。広い景色をみるような see 。モザイコ昔から「目のわるい人や、頭のボーッとした人のほうが、よく見えます」なんて言ってますが、この「みえる」が正確には see 、視える。何かを意志的・意識的に見る look では実際、モチーフ、みえないんだもの。モザイコ/ULR Painting の場合、look すると表面のどうしてもパターンのほうに目がいってしまい。……まぁその look と see の絶え間ない切り換わりそのものが、言ってしまえば鑑賞のツボ、おもしろいワケですが。

で、鑑賞時のみならずモザイコ/ULR Painting、制作時もひたすら see 。モチーフを、見るのではなく視る、「眺める」と言ってもいいけど。ただし、ぼんやりとでなく(ここが奥義っぽいところ?)集中力をもって。どれくらいの集中力か? 相当、かなり集中してると思うんだけど、これ客観的に測る単位みたいなもの、あるのかしらん?

ものすごく集中して see する 「眺める」って、何だよ? 何にどう集中するんだよ? 語義矛盾じゃないのか? しかしこれ、カッコつけて言ってるワケじゃないので、断じて。……そういえば20代の頃に読んだ Carlos Castaneda「Don Juan」シリーズの何巻目だったも、see についてでしたな、たしか。あと禅関係にも、そんな話なかったっけ。まぁいいや、とにかく、


これだっけかな

5時間じゃ足りない気がする。10時間まではいかないけど、その間の 7〜8時間くらい? 個人的には。何が? つまり、制作時、モチーフや対象にしばらく向かっていて、ようやく、だんだん相手の「かたち」がシンプルに力強く、視えてくる頃合い。個人差あると思うけど、私の場合はそれくらいかかる気がする。おっせー。



ちょろっと書きだしたけど、無理だわ全然、そう簡単には。これでだいたい書き始めて 4時間、なのでバッチリ自覚してますがシンプルな「かたち」にまで、なっていない文章。とはいえ、そんなものでも垂れ流せるのが個人ブログのいいところでもあるので、メモ代わりに。
続く……のか続かないのか?

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