2016年1月4日月曜日

さっさと不況を終わらせろ

正月感ますます希薄(当社比)ながら、とりあえず銭湯と初詣と年末年始のややこしめの読書だけは一応。で今回は、ポール・クルーグマン『さっさと不況を終わらせろ』。当人も2008年に取っているノーベル経済学賞の、他の受賞者に対しても(CAPM関連/p154など)ぜんぜん手加減なく、あるいは「共和党の提灯持ち」(p166)などなど歯に衣着せぬ物言いも痛快で、おもしろかったです。

訳者解説にも「こうしたクルーグマンの直情的なところは、長所でもあるし、短所でもある。何か裏の意図があるんじゃないかという心配はしなくていい」(p135)とナルホド、たしかに。でもって、ちょうど一年前の2015年1月付「文庫版への序文」には、

たとえて言うなら、日本は何十年もの低成長とデフレと人口高齢化で創り出された重力の井戸にとらわれているロケットのようなもので、政府は大噴射でそこから抜けだそうとしている。その噴射が「脱出速度」を実現するにはかなり大きなものでなければならない。そうでないとロケットは、再び重力井戸に引き戻されてしまう。(p15)

 というアベノミクス話。2012年〜安倍自民党総裁、2013年〜黒田日銀総裁。「まさか本書で主張された政策をもっとも忠実に実施するのが、この日本になろうとは」(訳者解説/p365)という、経済まったくシロートの私でも、それはそれは興味津々な一冊。



キャピトルヒル子守り協同組合


経済ほんとにシロートなので、この理屈からまずメモ。「協同組合に参加した夫婦は、クーポン20枚をもらう。一枚は子守り30分に相当する(中略)。子守りをすれば、子守られ夫婦は子守り夫婦に、その時間に見合うだけのクーポンを渡す」(p57)。でもやがて、この協同組合はかなり困ったことになったそうで。

夫婦たちは、子守りクーポンの予備が減ってきたのに不安になって、他のカップルの子供を子守りして手持ちを増やすまでは、外出したがらなくなった。でもまさに多くの夫婦が外出したがらないために、子守りをしてクーポンを稼ぐ機会も希少になった。するとクーポン貧乏な夫婦たちはますます外出を控え、そして協同組合内の子守り量が激減した。つまるところ、子守り協同組合は不況に陥ったわけだ。(p57)

不況、なるほど。「そしてこれは、組合員の中の経済学者たちが理事会を説き伏せて、クーポン供給を増やすまで続いた」(p57) のだと。FRBや日銀が供給をコントロールしてお金そのものを増やす/金融緩和する(p62)ように。

支出にはかならず同じだけの収入が要る(中略)。ある週に稼がれたクーポンの数は、その週に支出されたクーポンの数と常に等しくなる。でも、だからといって人々が経済の生産能力(本来のポテンシャル:清水注)を完全に使うほどの支出を行うということにはならない。(p59-60) 
集合的には、(いま現在:清水注)世界の住民たちは生産できるよりも少ない量のモノを買おうとして、稼ぎよりも少ない額を支出しようとしている。個人ならそれは可能だ。でも世界全体としては、それは無理だ。そしてその結果が、あたり一面の荒廃だ。(p60) 
世界の生産能力がこんなにたくさん遊休化し、これほど多くの意欲ある労働者が仕事を見つけられないなんて(p66)

「目減りした苦々しい将来」(p41)にならぬよう「実を言えば、子守りクーポンを増刷するというのは、ぼくたちが不景気から脱出するための定石そのものなのだ。(中略)でも、今回は効かなかった」(p62)2008年の危機以降。そこで、金融緩和と同時に、さらに財政出動を……つまり「多くの借り手が貯金を殖やして借金を返そうとしているときには、だれかがその正反対をして、もっと支出して借金を増やすのが重要となる——そしてそのだれかになれるのは、明らかに政府だけだ」(p91)と。


流動性の罠


金融緩和でゼロ金利となり「手持ちのお金を増やすのにまったく費用がかからないのに、それでも全体としての需要はまだ低すぎる状態」(p65)というのが即ち、流動性の罠だそうで。

流動性の罠が起こるのは、ゼロ金利でも、世界の人々が集合的に、生産したいだけのモノを買いたがらない場合だ。同じことだが、人々が貯蓄したい金額——つまり現在の消費に使いたがらない所得——が、事業の投資したがる金額より多い時にそれは起こる。(中略)ぼくたちの目下の問題が、要するに、世界的な貯蓄過剰で、それが行き場を探しているのだという事実(P204-205)



インフレとデフレ


ゼロ金利でもお金が動かなければ、いざインフレへ。ところで、上手く使うと「負債というのはとても便利なものだ」(p79)そうで。p97からの金細工職人の金庫話……銀行の起源と原理についての “目からウロコ” 話も(このブログではメモってないけど)思い出しながら、その恐ろしい逆のケース(↓)デフレをまずは。

経済のプレーヤーのうち、負債問題を抱えた人々があまりに多すぎたら、そこから抜けだそうとする集合的な努力は自滅的なものとなる。もし何百万もの困った住宅所有者たちが家を売って住宅ローンを返そうとしたら、あるいはその住宅が差し押さえにあって、大量の住宅が競売にかけられることになったら——結果として住宅価格は暴落し、おかげでますます多くの住宅保有者が債務超過ととなり、おかげでますます多くの住宅売却が余儀なくされる。(中略)経済全体がデフレ——物価が全般的に下がる状態——に苦しむことになる。(中略)借り手が支払えば支払うほど、借金は増える。(p81-82)

光速に近づいたときのロケットみたいですな、なんだか。ひとつ注意:「あまりに多すぎた」場合の、そこから脱けだそうとする「集合的な努力」が自滅的なのであって、話はつねにマクロ経済のことですから。上の(↑)最後の赤字だけ見てニヤリとした、あなた。オレか。

とはいえ、その恐ろしさが生まれる同じ原理から、不況時のほどほどのインフレ/ちょっと高めのインフレ率について(↓)これまた “目からウロコ” な話。なるほど将来お金の価値が下がるなら(つまり、借りる時より返す時のほうがラクなら)借金するのも悪くないかも。

ローンの返済時に使うドルの価値がいまよりずっと低くなると借り手が信じていたら、金利はどうあれ、もっと借りて支出したがる。(中略)デフレは負債の実質価値を増やしてしまうことで経済を圧迫しかねない。逆にインフレは、負債の実質価値を減らすことで経済を後押しできる。(p240-242)



パラドックスまみれの世界


地球環境問題は絶対的に考慮されるべきという前提のうえで、いかにみんなが、もっとお金をつかえるか? いや私ホントにお金ないんですけど……と、うずくまるのでなく自分自身、事業であれ借金であれお金を回しながら(できるだけ、はぁ、回されるのでなく)獲得するポテンシャルいっぱいの未来。みたいなことで、いいのかしらん? とにかく、それを促すための政府による財政出動の必要性。「支出はその目的を問わず、需要を作り出す」(p73)そうで。財政赤字を懸念する緊縮論者たちに対しては、

雇用から財政赤字に注目を移すべき根拠は、当時も今もないということだ。職がないことからくる害は現実だしひどいものなのに、アメリカのような国が現状で財政赤字から被る被害というのは、ほとんど仮想的なものでしかない。(p197) 
支出を1000億ドル削減しても、将来の負債が1000億ドル減るわけではない(中略)。経済が弱くなれば税収は減る(そしてフードスタンプや失業保険といった非常支援プログラムの支出が増える)。実は、負債の減少額は、支出削減の額面の半分以上にはならないことが十分考えられる。
でも、半分であっても長期的な財政状況は改善されるよね? いや、そうとも限らない。経済の停滞状況は、短期の苦痛をたくさん生んでいるだけではなく、長期的な見通しも腐食させている。(p215)

と。「流動性の罠——ゼロ金利ですら完全雇用を回復できない——と過剰な負債のおかげで、ぼくたちはパラドックスまみれの世界にやってきてしまった。ここでは美徳が悪徳で、堅実は愚行であり、真面目な人々が要求することはほとんどすべて、状況をかえって悪化させる」(p89)……うーん、地球環境問題でさえも? おととしの年末年始のコレだとか?


ジョン・メイナード・ケインズ


訳者解説(p342-343)によれば「本書の主張はきわめて単純明快。(中略)昔ながらのケインズ的な財政出動をやろう。赤字国債を出して、大量の公共事業をやろう」ということ。現在はひどい時代だけど、そこに根深い(宗教や道徳劇じみた)原因などない。基本的には「小手先の問題」(p50)つまり、組織と調整の問題なのだと。なので、やるばかり。思いっきり。

ケインズ主義を、中央計画経済や過激な再分配といっしょくたにするレトリックは、右派ではほとんど普遍的なものだし、それはもっと物知りであるべき経済学者ですら例外ではない。ケインズ自身は「価値ある人間活動の一部は、金儲けという動機を必要としたり、個人の富の所有がないと完全に花開くことはできなかったりします」と宣言して、それを明確に否定しているのだけれど。(p148)

「この不況に入り込むには、何十年ものダメな政策とダメな発想が必要だった」(p52)……グラス・スティーガル法(p101)を排除してしまうような。ということで、以下、あとはダメ側のキーフレーズのみ列挙。……ケインズが「カジノ」と呼んだもの(p153)、ぼくたちが驚異的な成長をしているとファーマに思わせてしまったもの(p122)、お手盛りの機会(p131)、学会社会学の暴走(p160)、宗教もどきの確信(p162)、経済学は道徳劇だという立場(p272)、などなど。

ちなみに、アメリカや日本の国債の格付け引き下げに関しても「宣言を下したのは市場じゃない。ただの格付け機関でしかなかった——この機関はお仲間すべてと同じく」云々(p281)と、頼もしいもんで。ずいぶん勉強になりました。


(おわり)

本年もよろしくお願いします。

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