2015年1月7日水曜日

入矢義高『求道と悦楽』

ある日、董蘿石が外出して帰ってくると、先生にお目にかかって言った、「今日は不思議なことを一つ見ました」。先生が「どういう不思議なことかね」と尋ねると、彼は答えて「町じゅうの人がみんな聖人であるのを見ました」と言った。すると先生は言われた、「それは当たり前のことだ、何も不思議がることはない」。(p59)

いきなり引用から始めましたが、入矢義高『求道と悦楽——中国の禅と詩』(岩波現代文庫)。当たり前のことだって言われてもなぁ、と本屋で思わず笑ってしまったのが始まり。さらに、

「今まで自分が日夜、詩に精魂をすりへらしたあの営為は、自分が軽蔑してきたあの世俗の利禄に営々たるやからの為すところと、ただ清濁の違いがあるだけに過ぎず、本質的には殆ど差はないものであった(中略)」と(p63)……董蘿石の感慨として

しかしただ清濁の違いがあるだけに過ぎずってアータ。それが大違いだったんじゃないですかい先生! てなもんで。年末年始に読む本を迷わずこれに決めて、買ってからもクルマのなかで思い出し笑いしてました。ありがたいかぎり。鈴木大拙の名前もちらほら。

漢文の詩のところは読めない字も多くて大変でしたが、全体として、いわば 「(低)俗」を嫌いながら「高尚」にも安住しない料簡に大共感。粋だなぁと勝手に。それでこそ本当に生産的、高尚な気がする。痛快なところ、たくさんありました。

現在アメリカに滞在中の一老師から、十年ほど前に「日本の禅宗はあまりに禅臭(くさ)すぎる」という慨嘆を聞かされたことがある。(p123)

で始まる「禅語つれづれ」では、禅録——昔に中国で編集された禅文献——の日本における従来の(そして今日でも)読みかたに語学上、ひどい誤りがあることが次々と指摘される。例えば「莫」一字の読みちがえによって、正反対に(いわゆる禅臭く)ねじまげられてしまったままの理解……「つまり《禅は大死一番、心身脱落することなり》といった硬直した固定観念」云々(p170)。

ありがたがる/自分をへりくだる、あまり、つい勝手に無精にテキストの意味を(いわゆる「深い」? ほうへ)ねじまげてしまう傾向は、とくに「高級」「難解」とされる分野のいろんなところに今も散見される気がする。ン、難解?

臨済禅師が若くして黄檗のもとで修行していたときのこと、黄檗にむかって「如何なるか是れ仏法的々の大意」と問いを発した。言いも終わらせず、黄檗は臨済を打ちすえた。なぜ打たれたのか、その意味が臨済には分からなかった。かれはそのあと二度、同じ問いを師に発したが、二度とも同じように打たれただけだった。(p158-159)

ひどい奴もあったもんで……打つほうも打たれるほうも。やっぱりスイマセン、私、つい笑ってしまう。マンガのようではないですか、これ。「おまえは分かっちょらん! 喝ッ!」てなもんで。しかつめらしく打たれる主人公の表情(マンガ)を想像すると、笑ってしまう。

要するに、しかつめらしいのが(問いといい態度といい)いけないワケで、「内的な発酵と衝迫を経ることなしの安易な発問は(中略)『だれがそれを問うているのか』という一言で、あっさり門前払いを食わされるのが落ちである」(p98)と。殴打はいわば、問いに対する深淵な「答え」というよりも、アホか「おまえが言う(問う)な」というツッコミ……と言っちゃあ、言いすぎでしょうか。禅臭い「日本的」紋切り型、マンガ的なしかつめらしさの、つまりは逆?

「多子無し」とは、つまり「くだくだしい、余計なあれやこれやが全くない」こと、一言でいえば「端的」であることをいう。(P162)
本来無事なる道に対して、余計な所作や観念を指向して無意味な波瀾を起こすことの愚(p163)
(『臨済録』について)とりわけ印象的なのは、人間に対する圧倒的な信頼というか、徹底したオプティミズムというか、そのカラッとした明るさ、驀直(まくじき)なストレートさ(p110)
「諸聖をも慕わず、己れの霊をも重んぜず」(p101、p119)/「外には凡聖を取らず、内には根本に住せず」(p110、p123、他)

メモしだしたらキリないですが。「もともと中国の文学と言語の研究が専門である」(岩波現代文庫『自己と超越』p207)という著者による、禅録の、“多子無し” へと向かう(であればこそ必要な!)精密な読み。I understand Zen not by practice, but by brain and heart.(『自己と超越』p340 解説)だそうで。

勇気をもらった気がします。核心的な読解「そこには、内在的にしろ、外在的にしろ、ひとつの超越者や絶対者のごときものを介在させる必要はまったくないのです」(p113)については自分でゆっくりまた再読の折に。


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